【縁起を伝える文献】

三島宮御鎮坐本縁
古文書
稲爪大明神縁起[越智依通](天正六年織田信長三木城主別所長治を征討の砌高山右近の三木城攻めの災禍により稲爪神社と共に消失したところの縁起古文書を改め綴られたものである)(貞享三丙寅年五月九日)
社領寄進状神領五石寄進 松平山城守忠国公(慶安四年)
社領寄進状神領新田開地石高一石寄進 松平日向守信之公(寛文二年)
社領寄進状神領新田開地石高五石余寄進 松平若狭守直明公(貞享三年)
祈願祝詞松平若狭守直明公(元禄十年)
棟札本殿再建(天正七年)
棟札本殿再造(寛永十二年)
棟札本殿造営(寛保元年)

【社殿の変遷】

天正六年 高山右近による災禍により本社炎上につき、一時権現山に祠を建て祀る。
天正七年 現在の処に仮殿を再建
寛永十二年 改築
寛保元年 改築
蔓延二年 本社屋根葺替大修繕
昭和四十八年 本社屋根葺替大修繕
昭和五十四年七月 本殿再建

【楼 門】(神門)

享保二年 建築楼門に彫刻有り、素盞嗚大神の大蛇退治の彫刻は古くより左甚五郎の作と伝わる。